流れが変わっています2 2006

昨日の続き・・・・

紙業界は昔から「川上主流」と言われていました。今でも言ってるのかな?・・・・。まあ紙が無ければ商売も出来ませんし、と言う事でそれは当たり前ですが、そんなせりふを新入社員時代に聞かされた時の正直な感想は(古いなぁ)でした、しかし自信のない弱々しい新入社員だった私は、それ以上の事を考える事もなく、メーカー様一番、代理店さん二番、卸商さん三番、でその後に大手印刷会社、大手出版社、大手段ボール会社、大手製袋会社などの(大手)ユーザー、別格は新聞社でここは製紙会社も一目置くといった紙業界状況のなか、「紙屋の営業はいつかは独立して紙屋を始めるのだ」というような事も聞かされつつ、(まるで丁稚~番頭~旦那の世界やなぁ)と思っていました。

コレが20年前の紙業界の一つの考え方であり、あるいは別の考えもあったかも知れませんが、その考え方は、「川上主流」という原則の上に成り立っていました。「川上主流」は「メーカー主流」と言う事ですが、その後に来る話はいつも決まって、「王子製紙がどうたらこうたら」「十条製紙はどうしてる」「本州製紙がこうしてる」(当時は王子系3社が日本の製紙及び紙業界をリードしていました)で対抗軸の「大昭和製紙/静岡系」「大王製紙/四国系」の動向の話になり、最後にそれ以外の中堅製紙会社の話とそれに付随する代流店及び卸商の動きで毎日の「紙の市況感」が形成されていました。

私は紙の事しかわかりませんが、このような業界の話は、鉄でも繊維でも食品でも銀行でも・・・・あらゆる産業界に言える事でしょう、で高度成長期やそれに続く安定期に於いてはそのバランスは保たれており、多少の経済状況の変化に対しても、業界内で対応(小さな合併や廃業は常)出来ていたと考えます。

しかし、有る時期からその変化に業界の自助努力だけでは及ばなくなって来たのは皆さん承知のうえだと思います。経済の大きな変動・・・・・例えばエネルギーや原料の変化・・・・は、業界の再編成を促す大きな要因になったはずです。他の産業に比べ、あまり変化の影響を受けにくいと言われていた紙業界も王子製紙が本州製紙と合併すると発表された時(1992 平成4年7月21日朝:この新聞記事を私は今は無き釧路のフェリー乗り場の待合室で知りました。ちょうど9年努めた小さな紙代理店を退職し、静岡県富士宮市の製紙会社に転職する時で、折角なので長期に休みを取り北海道を半月ほど野宿ツーリングしていた帰りのフェリー乗り場の話です。ビックリして友人に電話を入れ、解説して貰った事を今でも鮮明に覚えています)から今日まで延々、メーカーの合併、廃業、それに伴う代理店の合併、卸商の廃業が続きました。静岡にいた10年間の間で、一体いくつの製紙会社が無くなったのか・・・・。覚えているだけでも B製紙 K製紙 T製紙 ・・・・・・。家庭紙系も入れると把握できません。

そういった中で、紙を取り巻く環境が変わっていったと思います。トップメーカーが自ら血を流して始まった業界再編製ですが、箱や看板が変わっても人の考えはなかなか変わるものではありません。いや変わりたくないと思うのが人情でしょう。合併や廃業は数字の話ですが、そこには人がいます。仕事を失ったり、リストラされたりして出て行く人は、嫌でも自分を変えなければ生きていけません。そういう私もその中の一人でした。しかし残った人は残った人で大変な状況が待っています。リストラの嵐が吹いた後の翌月曜日からは、人手不足による残業の嵐が吹き始めます。残っても安心して仕事の出来る時代は既に無くなっているでしょう。

「川上主流」という言葉が懐かしい響きです。川上=メーカー様が安泰であれば、下々の業界関係者は平和に暮らせたのです。まさに徳川300年の天下泰平の時代が日本に有ったのですね。変わった事をやれば異端者扱いされ、ちょっと上向くと杭は打たれていました。そんな事をやっても安泰な時代だったのです。

しかし今はどうでしょ?確実にいろいろ変化してるはずで、スピードも速くて人間の思考が追いつかない時代になっています。この時代どうやって生きて行くのか、生活や仕事、子供の教育、食の確保、安らぎたい・・・・・とか、平和で有りたい・・・・とか。いろいろ考えると、悪い状況ばかり目に付きます。毎日凍りつくような事件が頻発し、災害は引きも切らさず続いています。

ひょんな事から、一人で紙バンド手芸専門店を始め紙を通じていろいろ考えています。不安になったり、安心したり、また不安になったり。「兎屋」を廃業せねばならない時が来るかも知れませんし、そうならないように精いっぱいやるのです。それでも波に飲まれる事は有るでしょう。

昨日まで当たり前に勤めていた会社が倒産するのだって、リストラされるのだって普通の風景になっています。「兎屋」だけが例外ではないでしょ。で、そんな事を考えてる私が、自分にいつも言い聞かせている事(家内にも子供にも刷り込んでいますが)それは、どんな状況になっても、「前向きに考えよう」という事です。もちろんがけ崩れや交通事故で死んでしまえば「前向き」も何もありませんが、結果生きていれば、「前向き」という言葉しかないのではと考えています。「前向き」であるというより、「前向き」から人それぞれの再スタートが出来るような、そう信じています。

注)この記事は2006年2月20日(旧)兎屋ブログからの転載です。